| 区市役所組織の移り変わり及び発展:
(一)日本による占拠時期の区市役所
台北の区市役所,その始まりはホーランドによる台湾占拠の中期であり,明永曆元年となる。。日本人のよる台湾占拠が始まった初期ころから,注意戶口調查を厳重に行っていた。光緒21年(西暦1895年)の台湾占拠の翌年「台湾原住民戶口調查規程」を発布し,殖民地政策を押し広めた,戶政業務台湾戶籍を処理し,明治39年より編制され,本籍人口及び寄留人口に分け,戶口調查簿、正簿、副簿を設け,警察機関により個別に戶口調查を取り扱った;戶籍登録は郷里保甲事務所書記により処理される。日本による占拠時期の本区は東園町、西園町、綠町、柳町、崛江町、新走町、老松町等に分別された。
(二)台湾光復初期の戶政
台湾光復初期は各項の戶籍業務は日本の占拠時期のものが受け継がれ,民国35年まで戶籍法及び戶籍法施行は台湾で施行され,戶籍登録及び戶口管理は双規則制を採用し,分別に民政機関並びに警察機関によって管理された。民国37年,台北市民政局は戸籍科を設け,区役所內に戶籍課を設置した,本区は「双園区役所戶籍課」、「龍山区役所戶籍課」に分けられる。
(三)戶警合一
民国58年7月依據「勘亂時期台湾地区戶政改進方法」規定により「双園区区役所」、「龍山区区役所」が設立された,民国62年末、台北市政府警察局(市役所警察局の合併)は「台北市政府警察局双園区区役所」「台北市政府警察局龍山区区役所」になり,警察局副支局長は区役所主任も兼任した。
(四)行政区域調整
民国79年3月12日,台北市行政区域は,本来の龍山区全部;双園区は廈安里以外の全部;城中区の福星里、湾壽里及び古亭区の七つの里を合併させ万華区に改名し,「万華区第一区役所」「万華区第二区役所」に分け合計36個の里に調整した。
(五)区市役所警察局の分立
民国81年7月1日動員勘亂時期が終止した為,「区市役所警察局分役」を実施し,区市役所業務を警政機関から民政機関に戻し,本区を台北市政府民政局に属し,23年間に渡る「区市役所警察局合併」時期を終結した。
(六)区市役所のコンピューター化の建設
民国74年行政院は「戶政資料画策グループ」を構成し、積極的に戶役政コンピューター化の計画作業を実行していった。民国76年台北市中山区、台北県新店市の二つの市役所での試行許可がおりた。民国82年7月1日試行が成功しコンピューター化が正式に実施された。普及段階として:三段階を四年で徐々に展開していき,民国82年7月より始まり84年6月にかけて:內政部、台北市、高雄市計54個の区市役所機関での取り扱い準備が完成した。民国83年7月から85年6月までは(第二段階)台湾省政府、基隆市、台北県、高雄県、台中県、台中市、新竹市等計383個の区市役所機関の取り扱い準備が完成した。民国84年7月から86年9月まで:新竹県等361個の区市役所機関の取り扱い準備完了。
(七)全國区市役所コンピューター化の接続
民国86年10月1日より全国区市役所のコンピューター化接続作業が完了し,区市役所機関により便利且つ速く、正確、效率の高いサービスを促進させ,人口資源を把握するのにとても効率的で,またより良いサービス品質をもたらせた。
(八) 万華区第一及び第二区役所合体執務
民国93年6月29日万華区第一及び第二区役所は萬華區行政センター合体執務とし(万華区第一及び第二区役所は合併し万華区役所となる),民衆の二つの場所を走り回らなければならなかった不便さを解決し,処理時間も縮小され,より完璧なサービス品質を提供した。
ネット更新時間:2009-1-6 |